無意識に、握りしめていたこと

無意識に、握りしめていたこと

努力って、いつもは良い言葉
として使われている。

自分の思考の癖、というか
思い込みに最近色々と気づくようになってきて。
いろんなことに、すごく無駄なエネルギー、努力
していた、使っていたなぁと最近ここ1年ほど
よく思う。

例えば、
それなりでいい、という努力。
停滞していよう、という努力。
いつまでも安心しない、という努力。
今に満足しない、という努力。
快適を求めない、という努力。
自分を責める、という努力。

読んでみて、少し違和感がある。

本当の気持ちに逆らって
全力でストップしよう、
と言うエネルギーは、
やってみるとわかるけど、
ものすごく疲れ・・・ますよね。

厄介なのは、
それはいつものことだから、
もう癖になってしまって、
自分で自覚しない限り
なかなか方向転換ができないこと。

私は、
ちょっとずつでも毎日変わっていきたいし、
良いも悪いも含めていろんな感情を味わいたいので、
自分が無意識に使っている、マイナスの方向への
エネルギーをとことん見つめることにしてみた。

そしたら・・なんと
上のようなことが出てきたわけです!

とくに握りしめていたな…と思うのは
今に満足しない努力、
ということ。

今、そのままで、もうすでに楽しい。安心。

そう感じているのに、心はすごく楽しいのに、
誰か知らない人と比べる癖が染み付いていて
まだまだ、もっとやれることがある、
と、なってしまって、

今の、美しい瞬間を、
なかなか味わえなかったんです。

今何を持っているか、どんなところに住んでいるか、
誰と一緒にいるのか、誰がいないのか、お金、仕事
は、完全に外側条件。

本当は、その条件がなくても
今すぐに、満たされる。

だって、昔と今とで
私の環境は、だいぶ変わってはいるけれども
今は最高に幸せで、昔はものすぐ不幸だった?

と、聞かれると・・・違うなあ、と。

ただ、自分の感じ方や、受け取り方が
変わっていたんではないか、と思う。

どんなことでも、良いも悪いもない。
そういう世界の中で、自分だけの「好み」「嗜好」「編愛」を
じっくりと大切に選んでいきたいって思う。 

世間一般の「イイ!」に沿うのは楽。
でも思考停止状態だってことに気づく。
自分自身がおいてけぼりになっていた・・・と
後で気付くのは、私の「好み」ではないから。